退屈な午後の授業もなんとかやり過ごし、春のポカポカ陽気に生欠伸を噛み殺しながら校門を出る。
駅まで続く細く長い下り坂を何も考えずに歩いていると、また生欠伸で口の中が一杯となる。
「つまんねーなぁ…」
軽く目蓋を擦りながら無意識に呟いていると、携帯が鳴った。
この曲は博志からだ。
「はい?何?」
「ねーさんは今どこよ?」
「だから、ねーさんって言い方やめろって言ってんぢゃん!」
「え~?!だって、ねーさんはねーさんだし(爆)」
「ったく…。で、何?」
「ちょっと面白い話を仕入れたんだけど、まだ電車乗ってないなら、いつものマックに来ない?」
「面白い話?何よそれ?」
「それは来てのお楽しみってことで」
「博志の面白い話って、いつもいつも大したことないぢゃん」
「今回はマジだって!」
「ど~だか…。ま、暇潰しに行ってやるか」
「流石!ぢゃ、10分後くらいにいつもの席で!」
博志の面白い話ってのは、これまで別段大したことのないものばかりだった。
なんとかって漫画が面白いと、身振り手振りでその漫画について大袈裟に説明するから読んでみると、全然面白くなかったり、玲香が新しい男と歩いてるのを見たって言うから、詳しく話を聞いていたら実は玲香の兄貴だったとか…
アイツは冴えないスポーツ新聞の記者にでもなるつもりか?
そんなことを思いながら、いつものマックのいつもの席に向かう。
博志はまだ来ていない。
「なんだよ、人を呼び出しておきながら、遅刻かよ…」
ポテトをつまみながら、店内をぐるっと見回す。
しょーもない話でキャーキャー言ってる大学生らしい女たち、ボケーっと窓下に行き交う人を眺めているサラリーマン、微笑ましくハンバーガーをかじっている親子連れ…
今日もいろんな人がいるもんだ。
私は、みんなからはどう見られているんだろ?
暇そうな女子高生ってところかな…。
別に暇ぢゃないんだけどさっ。
軽く息をついて、二本目のポテトに手を伸ばしていると博志がやってきた。
「あれ?ねーさん早いね!」
「バーカ、博志がおせーんだよ」
「だって、さっき10分後くらいって言ったぢゃん」
「ったく、それより、面白い話って何だよ?」
「まぁまぁ、まずはコーヒー飲ませてくださいよぉ」
こいつは本当、マイペースだ。
今まで、こいつと付き合ったことのある女は、別れる時に、こいつのマイペース過ぎるとこが嫌いだったとかよく言ってるらしいが、その気持ちはよくわかる。
「ふぅ、落ち着いた。でね、面白い話っていうのは…」
「なんだよ?」
「ねーさんはフューチャーメールって聞いたことありません?」
「フューチャーメール?」
「通称、FMってやつなんですがね」
「いや、初めて聞いた。で、それが何よ?」
博志はコーヒーをすすり、私のポテトを一つ口の中に入れながら話を続けた。
「これは今、流行りの都市伝説みたいなもんなんですが、当たりのFMにあるURLにアクセスすると一回だけ好きな未来を先読みできるらしいんですよ」
「おまえなぁ、17にもなって、まだそんなこと信じてるのか?そんなヤツがいるから、振込め詐欺なんかが一向に無くならないんだぞ」
私は、またこんな話かと軽く溜息をつきながら、ポテトに手を伸ばした。
「違うんです!別にマジで信じているわけないぢゃないですか!」
「ふ~ん」
「ノリですよ!ノリ!」
「ふ~ん」
「ってか、掲示板なんかでもFMの話題はあちこちで盛り上がりだしているんですよ!」
「へ~そうなんだ。私はそんなメールにはまったく興味ないんだけどさっ」
「あ!とりあえず掲示板を見てくださいよ。えっと…あぁ、ここだここだ」
博志はブックマークしてあるサイトを私に見せ、自分はまた私のポテトに手を伸ばした。
こいつときたら…
渡された携帯を見てみると、確かにFMについての話題で掲示板は盛り上がっていた。
正しFMのおかげで、大学受験の答えを先読みして合格したとか、totoやLOTOを当てたとか、中には旦那の浮気場所を先読みして現場を押さえたなんてのもあった。
ったく、こいつら皆バカぢゃね?
「ねーさん見ました?」
「あぁ、見た見た。バカばっかだな」
「まぁ、煽りもあるでしょうから、全部が全部本当とは言えないでしょうが、でも、実際マジな例もあるみたいですよ」
「マジな例ねぇ…」
「ねーさんなら、一回だけ未来を先読みできるとしたら、何を見たいです?」
「興味ない。ってか…思いつかないね」
「思いつかないって、やっぱ興味あるんぢゃないですか(笑)」
「ね~よ」
「ぢゃあ、FMの実物があったら見てみたいと思います?」
「実物ねぇ…。ま、今あったら見てもいいかな?」
「実は…、今あるんですよ。こ・こ・に」
博志はそう言って自分の携帯を二度三度指差した。
「ど~せ、偽物だろ」
「いえ、当たりかハズレからはわかりませんが、偽物ではないです」
「なんで偽物ぢゃないと言えるんだよ?」
「FMが届くと、マナーモードにしていても、携帯の電源を切っていても、自分の携帯の着信音にない変な音がメールの着信を確認するまで鳴り響くんですよ」
「はぁ…」
やっぱこいつもバカだ。
「偽物だったら、こんなことできないでしょ?」
「偽物とか本物とかの以前に気味悪いわ!っうか、おまえの携帯はやっぱ変に鳴り響いたと?」
「そーなんですよ!昼休みに購買に向かってる階段で突然鳴り響いて…。えぇ?!って感じでしたよ!」
「で、メール確認したら、これだったと?」
「そうなんです。だから、どんなもんかねーさんとこれから検証しようかと」
「検証ねぇ…」
「あら?ねーさん、もしかして怖いんですか?」
「怖くなんかねぇよ。ぢゃ、今ここにあるんならさっさと見てみようぢゃないか」
「そうこなくっちゃ!」
別に怖いわけではないが、怪しいものには手を出さないのが賢明だと思う。
だけど、売り言葉に買い言葉で、ついついあんなことを言ってしまった。
私もバカだ…
「これですよこれ!」
博志はそう言って、届いたメールを差し出した。
タイトルは無く、本文にはURLがあるだけのシンプルなものだった。
「これが当たりなら未来を先読みできるんだよな?そんならハズレならどうなるんだ?」
「ハズレなら、ハズレって出るだけです」
「は?」
「ハズレを引いた人の話には、皆さんハズレって書いてあったって掲示板にありましたから」
「ぢゃあ、当たりならどうなるんだ?」
「それが謎なんですよ!当たりなら、いつの未来を見たいか入力する欄がでるらしいんですが、そっから先の携帯をいじった記憶は皆さんまったくないそうなんです。気が付いたら、元のメールは消えていて、返信メールが来て携帯が鳴り響いているのにハッと気付くそうなんですよ!」
「よくできた話だな」
「だから、これから検証するんです!」
「そもそも、おまえのこのメールは当たりだと思っているのか?」
「当然!」
おめでたいやつだ。
ここまでおめでたいやつだとは思わなかった。
ある意味、純真無垢って言葉はこいつのためにあるのかと思った。
「ぢゃ、いきますよ!」
「ちょっと待った!当たりなら、いつの未来を見るつもりなんだ?」
「あっ、いっけねぇ~、全然考えてなかった」
本当におめでたいやつだ。
「ぢゃあ…あくまで検証なんで、自分とねーさんの10分後にしません?」
「そんなんでいいのかよ?」
「だって、もし本当ならあんま先を見るのは怖いぢゃないですか!それにきっとまた当たりメールが来ますって!だから今回は実験ってことで」
そっか…
博志は、怖いもの見たさにお化け屋敷に入りたい小学生レベルか。
私は博志の保護者ぢゃないんだけどな…
「わかった。ぢゃあ、それでいこう」
博志はゆっくり頷くと、URLにアクセスし始めた。
サイトが現れるまでの時間が何時間にも感じられた。まるで合格発表を見る瞬間のような緊張で、思わず息を呑んだ。
そして、携帯の画面には、真っ白い背景に黒文字で、年、月、日、時刻と内容を入力する画面が表われ、下にはOKボタンの表示があった。
「やったよ!ねーさん当たりだ!」
ついさっきまで疑っていた私に緊張が走った。
これからここに10分後の時間を入力すれば、私達の未来が見えてしまうのか…
「じゃあ、10分後の俺とねーさんの未来って入れるよ」
博志の指先は小刻みに震えながら、ゆっくり丁寧に携帯のボタンを押してゆく。私は黙ってその姿を見ている。
店内では、またキャーキャーと女子大生の笑いが響いていた。
「よし、入力完了。ねーさん、押すよ」
私がゆっくり頷くと、博志はOKボタンを押した。
その瞬間、博志は白眼を剥いて一瞬ガクンとうなだれた。
「博志!博志!」
私は博志の名前を呼びながら、博志の頬を何度か軽く叩いた。
博志はすぐに我に返り、辺りをキョロキョロ見渡した。
「あれ?ねーさん?」
「あれ?ぢゃねぇよ!大丈夫か?」
その瞬間、けたたましい音が博志の携帯から鳴り響いた。
店内の客はその音の大きさに皆、博志を見る。
博志はあわてて携帯を持ち、受信メールを開いた。
メールを開くと、けたたましい音は止んだ。
受信メールには、さっきより短いURLがあるだけだった。
博志はこの受信メールのURLを躊躇なく開いた。
このサイトは難なく開いたが、画面は真っ白で何もなかった。
私が不思議そうに携帯の画面を見つめていると、博志が突然私の手を引いて席を立とうとした。
「ちょっと博志痛い!なんなのよ?!」
「ねーさん!早く!早くこの店から出るんだ!!」
私は自分のカバンと博志のカバンを持ち、博志に引きずられるように階段を降り、店を出てしばらく走った。
「もー!なんなのよ一体?!」
「ねーさん、今からあのマックで事件が起きる」
「事件?」
私がそう口にすると、さっきまでいたマックから悲鳴が聞こえた。
入り口からは、さっきまで二階にいた親子連れや女子大生、店員が叫びながら走ってきた。
マックの二階からは激しく物が壊れる音が響き渡り、辺りは騒然とした。
「ちょっと!何があったのよ博志!」
「ねーさん…俺、見えたんだ。あのマックにいたサラリーマンが突然暴れだして、俺らに襲い掛かってくるのが。俺、見えたんだ…」
私はゾッとした。
手には汗がじんわりと滲み出ている。
口の中もカラカラに乾いているのがわかる。
「当たり…だったね」
博志はそう呟き、おもむろに携帯を開き、受信メールを確認した。
しかし、そこにはさっきまであったURLだけのメールはなかった。
私達はその場に立ち尽くしていた。
ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
今度は、あなたの携帯にFMが届く番かもしれない…
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